※この記事は、修論・博論に取り組んでいる社会科学系大学院生の皆さんを念頭におき、筆者の指導経験をもとに、拙著(『ハイブリッド・エスノグラフィー』2018年、新曜社)第6章の議論の一部を紹介するものです。予めご承知おきください。
筆者は、社会学、文化人類学、社会情報学の分野で、大学院生の皆さんの修士論文、博士論文に向けてのリサーチデザインをきく機会があります。その時、研究主題(テーマ)に対して、どのようにアプローチし、具体的にいかなる議論を展開するかの方向性を考える際に、参考にしてほしい枠組みとして紹介するのが、アメリカ社会学の泰斗Abbottが、社会科学系大学院生に向けて、博士論文のリサーチデザインを構想し、遂行するための方法論として著した“Methods of Discovery” (Abbott 2004, W.W. Norton & Company)で展開した枠組みです。
Abbottは、社会科学の目的は、社会生活を説明することであり、社会科学における説明は、あらゆる記号システムの基底的な3側面(統辞論、意味論、語用論)に対応すると議論します。ここでは、Abbottの議論を筆者なりに翻案しながら、具体的にすると、
統辞論的観点(syntactic view)は、ある事象について、構成要素と順序、組合せ方の構造という観点から捉える視点です。言語は、意味とは独立して、単語の順序・出現の仕方を規定するルール(「文法」)が存在します。
意味論的観点(semantic view)は、ある事象を、一般的な文脈で説明できる概念により、整合性を持った一定の説明体系に翻訳、解釈しようとします。
語用論的観点(pragmatic view)は、事象の個別具体的な文脈、状況に焦点をあて、その文脈、状況が持つ固有性、特性を明らかにすることに関心を持ちます。言語には、「今日は暑いね」と発話することで、窓の近くにいる他者に窓を開けてもらうといった言語を介した社会的行為の側面があります。臨床的といってもよいかもしれません。
学術研究は、言語を用いて展開される場合、その言語(記号システム)自体が持つ特性に強く影響を受けるという視座は、研究者として常に意識しておく必要があると筆者は考えます。例えば、オンラインコミュニケーションにおける感情について研究する場合、感情自体の基本的単位、そのオンラインでの表現との対応関係など、対人関係と用いられる感情表現の規範といった統語論的アプローチもあれば、感情に関する一般化可能な意味論と、そのオンラインコミュニケーションでのプラットフォーム毎での差異などのタイポロジーを探究するような方向性、さらには、個別具体的な文脈における感情表出を丁寧に分析することで、ヒトと技術との関係で生成する感情を活写しようとする語用論的アプローチも考えられるわけです。
さらにAbbottは、データ収集法、データ分析法、研究対象数、それぞれの観点から方法論を区分できると指摘します。データ収集法では、「エスノグラフィー」、「社会調査(アンケート調査)」、「記録ベース分析」、「歴史」、データ分析法の面からは、「直接的解釈(direct interpretation)」、「量的分析」、「フォーマルモデリング(formal modeling)」、研究対象数にもとづけば、「事例研究」、「少数N分析」、「多数N分析」に分けることができ、これらの分類俯瞰する視座を組合せ、統語・意味・語用3次元の枠組(原点に近いほど具体、遠いほど抽象)で示したのが図です。

Abbottが、このような方法論的位相を展開するのは、科学的研究において、新たな着想を発見することの重要性を指摘し、社会科学における発見法(heuristics)として、研究対象を異なる方法論的アプローチから批判的に検討することが中核にあると考えるからです。特定の問題に対して、ある特定の方法論が特権的優位に立つことはなく、方法論を相互に批判的に用いることが、新たな発見を生み出します。Abbottは、「方法論相互の批判は重要である。それは、私たちをより正しくするからではなく、より複雑に、とりわけ込み入った物事を述べることができるからである。つまり、方法論相互批判は、発見的に役立つものであり、あらたな着想を生み出すものなのだ。」(Abbott 2004:76)と議論するのです。
筆者は、こうしたAbbottによる方法論、発見法の捉え方に強く共感します。Abbottはまた、「科学とは、厳密さと想像力(rigor and imagination)との会話」(Abbott 2004:3)であり、想像力の働かせ方を「発見法」とも述べています。社会科学系の大学院生の皆さんには、こうした「発見法」の捉え方を参考に、ご自身の研究、リサーチデザインを考えてもらうことをおススメしたいと思います。この拙稿が、少しでも、研究を考える上でのヒントになってもらえれば嬉しいです。
最後まで、目を通してくださり、ありがとうございました。