木村忠正の仕事部屋(ブログ版)

ネットワーク社会論、デジタル人類学・社会学研究者のブログです。

プロパガンダ10の法則・7つの技法

本記事は、本ブログの別記事「プロパガンダ研究:第一次大戦と戦争プロパガンダ」から、「戦争プロパガンダ10の法則」「IPAプロパガンダ7つの技法」の部分を取り出して、補足したものです。この2つは、時代を問わず、プロパガンダを分析するツールキットとして重要であり、社会知として共有されることが望ましいと考え、本記事にしました。

また、NotebookLMを用いた説明動画をYoutube(「メディア・コミュニケーション論への招待」チャンネル)にもアップし、筆者が立教社会で担当している「メディア・コミュニケーション論」の補助教材も意図しています。
本稿に対応した説明動画は、以下の2つです。よろしければご高覧ください。

なお、アマゾンでのモレリ『戦争プロパガンダ10の法則』ページもあります。

以上、予めご承知おきください。

戦争プロパガンダ「10の法則」:繰り返される情報操作のチェックリスト

第一次世界大戦期の経験をもとに、英政治家アーサー・ポンソンビー(Arthur Ponsonby)は戦時に流布される「嘘」の典型を整理しました (Ponsonby 1928)。これをベルギーの歴史家アン・モレリ (Anne Morelli) は後に、「戦争・紛争時に反復されやすい情報操作の原則」として10項目にまとめました (モレリ 2015『戦争プロパガンダ10の法則』(原著Morelli 2001))。これは、戦時言説を批判的に読み解くための分析フレームとして現在でも有用です。

  1. 我々は戦争をしたくない
  2. 敵側が一方的に戦争を望んだ
  3. 敵の指導者は悪魔のような人間だ
  4. 我々は偉大な使命(正義)のために戦う
  5. 我々の犠牲は過失だが、敵はわざと残虐行為をしている
  6. 敵は卑劣な戦略や兵器を用いている
  7. 我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
  8. 芸術家や知識人もこの戦いを支持している
  9. 我々の大義は神聖なものである
  10. この戦いに疑問を投げかける者は裏切り者である

これらの中で、とりわけ「敵指導者の悪魔化」や「戦況の歪曲」は、大衆の判断に強い影響を及ぼしやすいとされています。相手を非人間的な存在として描くことで、倫理的なためらいが弱まり、複雑な状況を単純な善悪二元論として受け止めやすくなるからです。また、最後の「疑問を持つ者は裏切り者だ」は、人々の内集団への忠誠心と裏切り者への制裁感情に訴えかけ、人々の間に、相互監視を生み出します。もちろん、こうした効果は常に一様ではなく、社会状況や情報環境によって増幅されたり抑制されたりします。

ここで一つ、歴史の皮肉と感じられることがあります。モレリの原著は、2001年7月に出版されており、次のような一節をモレリは書いています。

本書でとりあげたプロパガンダの法則は、たしかにこれまで実践されてきたものの、現代にはもう通用しない、今後はもう繰り返されることはないだろう、と思う読者もいるだろう。・・・(中略)・・・。だが、たとえありえないことに思えても、今後も必ず「敵への攻撃」はおこなわれるし、「善と悪の戦い」も「敵の指導者の醜悪化」も繰り返されることだろう。学者たちは、流血沙汰を支援して筆をふるうことだろう。(モレリ 2015: 164)

この引用をみて、読者の中には奇異に感じる人もいるかもしれません。2020年代、戦争プロパガンダは、「もう通用しない」「今後はもう繰り返されることはないだろう」と思う読者がいるとは考えづらいからです。

ただ、振り返ってみると、1990年代、冷戦終結から同書が出版される2001年までは、「パクス・アメリカーナ」(アメリカによる平和)とも呼ばれ、アメリカが世界で唯一の超大国として国際秩序を主導していました。同時期は、軍拡競争の終焉、国際協調の進展で軍事費を削減し、その「平和の配当」を教育、医療、インフラなどに充てることができるといった楽観的時代でもあったのです。

引用はそうした楽観的態度を戒めるものだったのですが、皮肉にもその出版(7月)から2か月後、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件はまさにその楽観を打ち砕くものでした。そして、2020年代、私たちはまさにMorelliが懸念した事態に直面しているのです。この皮肉を私たちは忘れず、「戦争プロパガンダ10の法則」は、受け継がれていくべき分析フレームと考えます。

Institute for Propaganda Analysis (IPA) 「プロパガンダ7つの技法」

もう一つ、プロパガンダを分析するための道具箱(ツールキット)として有用な、IPA(プロパガンダ分析研究所)という組織が提示した「プロパガンダ7つの技法」を紹介します (Sproule 2001)。

IPAは、1937年、アメリカの教育者や社会学者が中心となって、ニューヨークで設立されました。当時はナチス・ドイツの台頭や、第一次世界大戦時のプロパガンダへの反省から、「大衆がいかにして情報に操作されるか」を科学的に分析し、市民の「クリティカル・シンキング(批判的思考)」を養うことが急務と認識されていたのです。

IPAは、プロパガンダを「意図的な手段を用いて、あらかじめ決定された結論に向かって他者の意見や行動を操作しようとする試み」と定義します。そして、プロパガンダを「魔術」ではなく、客観的な「技術」として、その特徴を明らかし、批判的思考を促すことを目的に、啓蒙活動を展開しました。具体的には、月刊ニュースレター”Propaganda Analysis”を通じてその知見を一般市民に公開し、学校教育の現場でも広く活用されたのです。

そして、財政難から1942年に活動を終えましたが、1937年にニュースレターで提示された「プロパガンダ7つの技法(The Seven Common Propaganda Devices)」は、メディアリテラシー教育の原点とされ、現在に至るまで影響を与え、活用されています。

 

技法

内容

ネーム・コーリング (Name Calling)

相手に「共産主義者」「独裁者」といった否定的レッテルを貼り、中身の吟味の前に拒絶反応、内容の是非ではなく感情的な反発を誘う。

華麗な一般論 (Glittering Generalities)

「自由」「民主主義」「正義」といった、誰もが反対しにくい抽象的でポジティブな言葉(美辞麗句)を用いて、具体的な議論を回避する手法。

転移 (Transfer)

教会や国旗、科学の権威など、人々が信頼しているものの威光、威信を、自分の主張と結びつけて信頼を勝ち取る手法。

証言 (Testimonial)

有名人や専門家、あるいは「信頼できる第三者」に、特定のアイデアや商品を支持(または批判)させる手法。(現在のタレント広告やインフルエンサーマーケティングに近い。)

庶民派アピール (Plain Folks)

「私はあなたたちと同じ普通の人間だ」と演出、強調することで親近感を抱かせ、信頼を得る。

カード積み上げ (Card Stacking)

自分に有利な証拠だけを提示し、不都合な事実は隠すことで、議論・結論を一方的に操作する手法。

バンドワゴン (Bandwagon)

「みんながやっている」「乗り遅れるな」と強調し、集団心理・同調圧力を利用して味方に引き入れる手法。

現代のSNSやフェイクニュース環境においても、この7つの古典的な技法は形を変えて生き続けていることに気づくでしょう。

とくに、「華麗な一般論」は2020年代アメリカ大統領をはじめとして、自らの政策を美辞麗句で飾り立て、言葉で認識を強制的に形作る傾向が露骨に現れています。2026年2月の衆院選総選挙の際にも、「責任ある積極財政」「消費税廃止」「社会保険料削減」といいながら、財源、社会保障制度をどうするかは分からないままです。すでに「神」や「神話(レジェンド)」も、八百万(やおよろず)では足りないほど、世間には満ち溢れており、耳障りのいい言葉のインフレがこれからも加速することは間違いありません。

 

情報過多の時代を生き抜くための「メディア・リテラシー」

第1次世界大戦で確立された手法は、決して過去の遺物ではありません。メディアがラジオ、映画、テレビ、SNS、生成AIへと進化しても、人間の心の隙を突く技術は不変です。情報を無批判に受け入れることは、自らの思考を他者に委ねることを意味します。

現代を生き抜くために、情報の波に直面した際は以下の3点を自問してください。

  1. 情報の「送り手」は誰か?(情報源の意図と背景の確認)
  2. この情報は、私の「感情」にどう訴えかけ、どのような「行動」を促そうとしているのか?(心理的誘導の察知)
  3. あえて隠されている「反対側の視点」や「語られない事実」はないか?(多角的な分析)

第1次世界大戦の歴史が教える最大の教訓は、「情報を鵜呑みにせず、常に送り手の意図を想像し、自らの頭で考える『批判的思考(クリティカル・シンキング)』こそが、情報の武器化に対する重要の防護策である」ということではないでしょうか。