木村忠正の仕事部屋(ブログ版)

ネットワーク社会論、デジタル人類学・社会学研究者のブログです。

ビジネスエスノグラフィーの形成

※この記事は、拙著(『ハイブリッド・エスノグラフィー』2018年、新曜社)第5章第4節で展開した「ビジネスエスノグラフィー」の議論を紹介するものです。拙著は、「ハイブリッド・エスノグラフィー」という情報ネットワーク社会に対する人類学、エスノグラフィーからのアプローチを主題としているきわめて学術特殊性の高い専門書であり、「ビジネスエスノグラフィー」については、関心をもつ方々が、拙著を手に取られる可能性はほとんどないと思います。ですが、拙著での議論自体は、こうした分野に関心をもたれる皆さんには参考になる部分もあると考え、ブログ記事にする次第です。なお、ここでの紹介は、拙著刊行の2018年以前の動向であり、その後のフォローはしていません。また、文献参照も、一部和書以外は省いていますので、関心をもたれた方は拙著を手に取っていただけるとありがたいです。以上予めご承知おきください。

 

 学術/ビジネスの垣根を取り払うような学術的活動は、人類学、エスノグラフィーでも展開されてきました。1980年代、企業において、企業組織・業務改善の観点、マーケティングの観点双方から、人類学、エスノグラフィーに対する関心が高まり、1990年代から2000年代にかけて、「産業エスノグラフィー (ethnography within industry)」、「ビジネスエスノグラフィー (business ethnography)」、「企業人類学者 (corporate anthropologist)」といった用語が人口に膾炙するようになったのです。

 英語圏では、IDEO、Doblin Group、GfK NOP, in/situmなど、フィールドワークを戦略的資源とするコンサルティング企業が台頭し、日本においても、大阪ガス行動観察研究所が、人間工学、環境心理学の観点に重点をおきながら、「行動観察」というコア概念にもとづき、フィールドワークにもとづく積極的なコンサルティング活動を展開しています(松波晴人2011「ビジネスマンのための「行動観察」入門講談社現代新書)。Jordanによる学部生テキストとして “Business Anthropology” が著されたのが2003年、2010年には、学術誌”International Journal of Business Anthropology”の刊行が開始されました。

 学術史的に振り返ると、ビジネスエスノグラフィーは、ハーバード大のLloyd WarnerらによるHawthorne実験(ホーソン実験)に源流を求めることができます。読者には、Hawthorne実験をご存知の方も多いでしょう。この実験は、1930年前後に、シカゴにあるウェスタン・エレクトリック社ホーソン工場で、産業生産性向上に関する研究として実施され、職場での人間関係が生産性に強く影響を与える(「ホーソン効果」)ことを示唆した研究として広く知られています。

 実験には、ハーバード大学産業心理学者Elton Mayo、経営学者Fritz Roethlisbergerが中心的役割を果たしましたが、同大学の人類学者であるLloyd Warnerもまた、従業員たちへのフィールドリサーチ、インフォーマルな人間関係の調査分析において中核となり、その後、「人間関係学派(Human Relations Theory)」の形成、アメリカ社会の工場やコミュニティをフィールドとした、(産業)組織、コミュニティのネットワーク論的動態分析の展開に大きく寄与することとなりました。

 ですが、1960年代、70年代、自動化技術などによる労働過程の再編成から労働者を取り巻く環境が大きく変化し、ベトナム戦争(1960-75)、「沈黙の春」など、対抗文化、大企業・営利主義への批判が高まる中で、とりわけアメリカ人類学においては、営利企業、軍事関連研究への関与に厳しい目が向けられたことで、ビジネスエスノグラフィー、組織エスノグラフィーは下火となりました。

 その後、1980年代、レーガノミクス時代になると、再び、ビジネス人類学・エスノグラフィーが活性化します。レーガンサッチャー政権による新自由主義的政策が積極的に推進され、組織のリストラクチャリング、リエンジニアリング、垂直統合型組織から水平分業型・ネットワーク型組織への転換、entrepreneurship(起業精神)の強調、重視といった言説が流通することとなり、ビジネスのあり方、組織のあり方自体、大きく変容しました。また、日本の台頭と日本型経営への関心、組織文化、企業文化概念の普及、「知識経営(knowledge management)」、暗黙知形式知への変換(必要性)という認識の拡大など、文化人類学的観点がビジネスからみて重要と考えられる契機が存在したのです。

 そして、ビジネスエスノグラフィーの具体的な調査研究部門設置と実践において、IT企業の果たしてきた役割は大きいものがあります。その嚆矢が、1970年にXEROXが設立したパーク研究所(PARC: Palo Alto Research Center)です。Lave、Wenger、Suchman、Orr、Brownといった人類学的バックグラウンドを持つ研究者たちが、情報通信技術をめぐる、社会集団におけるコミュニケーションに着目し、人々がどのように生活世界、意味世界を構成し、技術を取り込むかを明らかにする研究を積極的に展開しました。例えば、Suchman『プランと状況的行為―人間‐機械コミュニケーションの可能性』(産業図書、1999)、Etienne Wenger他『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』(翔泳社、2002)、Brown, John Seely他『なぜITは社会を変えないのか』(日経BP、2002)などをご覧ください。

 もう一つ、ビジネス人類学に流れ込む別な大きな潮流は、”Design”研究です。1980年代から拡がったCSCW(computer supported cooperative work、参加型デザイン(participatory design)などの研究に人類学者も関与し、「デザイン人類学」とも呼ばれるようになります。この潮流から、Rick Robinson, John Cain, Mary McCarthy, David Kelly, Tom Kellyらが、先述のようなコンサルティング企業(Doblin Group, E-Lab, Sapient, IDEOなど)を設立し、製品、サービス、組織の「デザイン」戦略を核とした活動を展開します。

 このような流れの中で、マイクロソフトインテルなどは、2005年11月、Ethnographic Praxis in Industry Conference (EPIC)というエスノグラフィー的手法の産業界における適用に関する大規模な国際研究会議を開催しました。EPICはそれ以降毎年継続しており、アメリ文化人類学会応用人類学部会(NAPA: National Association for the Practice of Anthropology)も深く関与しており、国際会議の論集も毎年刊行されているのです。

 日本においても、富士通が2004年からPARC (Palo Alto Research Center) と「コーポレート・エスノグラフィー」の共同研究を開始し、フィールドワークを組織・業務改善プロセスへと積極的に取り入れていました(「ビジネスフィールドワーク」「ビジネス・フィールドワーク」「business fieldwork」はすべて富士通が商標登録しています)。

図 ビジネスエスノグラフィーが展開する地平(筆者作成)

 図は、筆者なりの観点から整理した「ビジネスエスノグラフィー」の地平です。個々に議論することにはしませんが、ビジネスエスノグラフィーは、組織、市場、並びに、より大きな社会文化システム(国家、制度、グローバル世界など)について、人類学に限らず、多様な観点から多元的に調査研究が展開されています。

 拙稿が、ビジネスエスノグラフィーの形成について、多少なりとの参考になれば幸いです。

 最後まで目を通してくださり、ありがとうございました。次の記事では、このアメリカ人類学におけるビジネスエスノグラフィーの形成発展を、米高等教育の動態という観点から考えてみます。よろしければ、引き続き、ご高覧ください。