木村忠正の仕事部屋(ブログ版)

ネットワーク社会論、デジタル人類学・社会学研究者のブログです。

「ダンバー階層(Dunbar layers)」と自民党派閥

※この記事は、授業で接している学生の皆さんを対象としたものです。予めご承知おきください。

 

 自民党の政治資金問題が拡大し、派閥解散が報じられた際、自民党派閥のメンバー数と「ダンバー数(Dunbar‘s number)」との関連を興味深いと感じた方も多いでしょう。霊長類は、たまたま居合わせた個体たちが群れを作るのではなく、相互に認識し、自集団(の個体)と他集団(の個体)を区別する集団を構成し、その集団内で、資源を巡り様々に競合しつつ、社会的知性(「マキャベリ的知性」(Byrne and Whiten 1989)とも呼ばれる)を駆使して、複雑な社会的関係性を織りなし生活しています。人類学者であるDunbarは、霊長類の大脳皮質(の発展)が、集団内における社会的関係性に関する認知処理能力と関連し、集団は、個体数が多い方が、捕食者への対応、他集団との競合で有利である一方、集団内競合関係と認知処理能力の制約から、一定数以上になると集団を維持することができず、分裂すると議論しました(Dunbar 1998)。
 そして、Dunbarは、大脳新皮質を除いた脳容量に対する、新皮質の比率と、霊長類の様々な種における社会集団の平均個体数(3個体程度~60個体程度)とに強い相関関係があることを見出し、私たち現生人類の場合、150個体程度が、階層的組織を形成せず集団を構成できる平均個体数と推計しました。個体の観点からみると、互いに顔見知りになり、日常的に交流することで、集団を構成できる人数の上限が150人程度ということです。この150が「ダンバー数」と言われます。
 自民党の派閥解消が話題となると、歴代最多の田中派が140名超だったことや、安倍派が100名を越えると分裂が危惧されていたといったことから、自民党の派閥のメンバー数は、ダンバー数制約の具体例と考えることができ、「自民党 派閥 ダンバー数」でググれば、関連する投稿が見られました。
 ここで、筆者がこの記事を投稿しようと考えたのは、「ダンバー数」という言葉だけが一人歩きしており、Dunbarの議論が、「ダンバー階層(Dunbar layers)」という形で展開されていることが看過されているように感じるからです。ダンバーは、個体の対人関係ネットワークは、5人(最も親密)、15人(親しい友人)、50人(友人まで含む)、150人(知人まで含む)と、親密度により階層化される同心円で表されると議論します。ここで興味深いのは、親密度の高い階層から次の階層へと、およそ3倍の個体数に拡がることです。(なお、Dunbarは参照していないのですが、同様の同心円的対人ネットワークの概念は、社会人類学者Boissevainが1970年代にすでに定式化していたものと考えることができます(Boissevain 1974)。Boissevainの主著は邦訳もあり、現在から読んでも興味深いものです。)
 ダンバー階層からみると、2023年時点での自民党各派閥は、麻生派、茂木派、岸田派、二階派がそれぞれ50前後となっており、50がまず大きな基準値であるように思われます。おそらく、権力を巡り、文字通りマキャベリ的知性を駆使した権謀術数が渦巻く集団では、100や150までメンバーが増えることは容易ではないのでしょう。その意味では、最盛期の田中派や安倍派がいかに強力かが伺えると思います。
 また、直接的に、互いに集団メンバーとして識別し、交流できる上限は150ですが、Dunbarは、ヒトの場合、言語(方言)や風習の共有や、階層的組織を形成することで、150の約3倍の500、1500、5000といった個体数も、社会集団サイズとして、機能する単位(ダンバー階層)を構成すると議論します。ちなみに、立教大学社会学部は、社会、現代文化、メディア社会の3学科あるのですが、定員は、1学年1学科170人、1学年3学科で510人となり、各学年、それぞれの学科で、なんとなく顔見知りになるようですし、立教大学11学部で1学年5000人が定員です。
 「ダンバー数」が広く知られていますが、「ダンバー階層」も、身の回りの様々な集団や、皆さん一人一人の対人ネットワークを考える上で有用な概念だと思います。聞いたことがなかった方にとって、参考になれば幸いです。
 最後まで目を通してくださり、ありがとうございました。

 

<参照文献>

Boissevain, J. 1974, Friends of Friends: Networks, Manipulators and Coalitions. Oxford: Basil Blackwell.
Byrne R, and Whiten A. 1989 Machiavellian intelligence: social expertise and the evolution of intellect in monkeys, apes, and humans. Oxford, UK: Oxford University Press.
Dunbar, R.I.M. (1998) The social brain hypothesis. Evolutionary Anthropology, 6, 178–190.
<関連邦訳文献>
ボワセベン, J. 1986, 友達の友達: ネットワーク,操作者,コアリッション. 未来社
バーン, R., ホワイトゥン, A., 2004, マキャベリ的知性と心の理論の進化論. ナカニシヤ出版
ダンバー, R., 2011, 友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学. インターシフト