木村忠正の仕事部屋(ブログ版)

ネットワーク社会論、デジタル人類学・社会学研究者のブログです。

「情報行動研究における質問紙調査とログデータ」

「日本人の情報行動調査」は、東京大学大学院情報学環を主軸とする研究プロジェクトで、1995年から5年ごとに全国調査を実施しています(小職は、2015年調査、2020年調査に参加させていただきました)。その最新調査である2020年調査にもとづき、日本人のメディア利用行動やコミュニケーション行動に関する、詳細な利用実態、メディア環境変化のデータと先端的研究主題に関する論考をまとめた『日本人の情報行動2020』(橋元良明編)が、2021年8月31日、東京大学出版会から出版されました。

 概要と目次はこちらをご覧ください。http://www.utp.or.jp/book/b584541.html

 

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 『日本人の情報行動2020』は、大きく、調査の概要に沿って情報行動の全般的分析を行う第1部と、プロジェクトに参加した研究者がそれぞれ独自の観点で分析を行った論考からなる第2部に分かれています。

 小職は、第1部では、SNS利用と動画サービスの分析を行いました。SNS利用については、現代日本社会で利用率の高い、LINE、InstagramFacebookTwitterの4SNSを「LIFT」としてまとめ、利用者属性の違いを明らかにしています。また、動画サービスは、動画共有、放送番組配信、ライブ動画配信、オンデマンド型動画配信、無料ネット放送と多元化していますが、これらネット動画サービスの相互利用と、さらにSNS利用、ニュース接触行動との関係を探索すると、SNSや動画サイトなどを積極的に活用し、情報メディア環境を自在に闊歩する層が一方で拡大してきているのに対して、依然としてアナログマスメディアが情報摂取の主要手段であり、ネットメディアに消極的な層が根強く存在する様子が窺えました。

 第2部では「情報行動研究における質問紙調査とログデータ」と題した第7章を執筆しました。「日本人の情報行動」調査は、質問紙調査により実施していますが、情報行動研究の方法論という観点から、スマホ利用は、大きな挑戦的課題となっています。スマホは、無意識的、間欠的操作が多発するとともに、多種多様なアプリ、サービス、サイトが利用可能で、利用目的や行動種類が多元化しており、自己申告式質問紙調査でそうした操作、利用を捉えることは困難です。他方、小職は、2017年からLDASU(Log Data Analysis of Smartphone Use、「エルダス」と読ませる)というスマホアプリ起動ログ自動収集データの学術的分析を行う共同研究プロジェクトに取り組んでいます。LDASUでは、スマホ利用者のアプリ実利用データ取得・分析事業を手掛けているフラー株式会社(https://www.fuller-inc.com/)が、モニターの同意を得て収集したスマホ起動ログが分析対象です。Androidスマホのみが対象(iOSは対象外)ですが、モニターの登録端末で、操作が行われ、あるアプリがスマホの最前面になると、その日時(1秒単位)と当該アプリ情報がログとして記録されます。

 こうしたスマホ起動ログのビッグデータは、質問紙調査では捉えることが難しいスマホ利用の詳細な分析を可能にすることはいうまでもありません。しかし、こうしたビックデータが、スマホ利用を一挙手一投足捉える「客観的」データだと捉えることはナイーブすぎます。AI、ビッグデータについてはその可能性から万能のような印象を持つ方がいるかもしれませんが、実際に分析に関わると、ビッグデータもまたデータ毎の特性をもった「調査構築物」であることが明確となります。そこで拙稿では、「日本人の情報行動」調査データとスマホ起動ログデータを体系的に比較し、とくに「孤独感」や「スマホ依存」といった精神的健康と質問紙データ、ログデータとの関連性を探究しています。データそれぞれの「調査構築物」としての特性について示唆に富む分析結果を議論しており、ご一読いただければ幸いです。

 なお、共同研究パートナーであるフラー社には、拙稿の学術的観点を十分にご理解くださり、分析結果をまとめ、公表することに積極的なサポートをいただきました。ここに記して謝意を表します。また、小職はフラー社から経済的利益の提供を一切受けてないことも申し添えます。