木村忠正の仕事部屋(ブログ版)

ネットワーク社会論、デジタル人類学・社会学研究者のブログです。

深層学習の父Geoffrey Hinton「デジタル知性は、生物的知性に取って代わるのか?」

※この記事は、授業で接している学生の皆さんを対象としたものです。予めご承知おきください。

 

 深層学習の父であるGeoffrey Hinton博士は、長年研究・教育に携わり、深層学習のブレイクスルーにより、グローバル社会でのAI中心の一つとすることに多大な貢献をしたトロント大学で、2023年10月、「デジタル知性は、生物的知性に取って代わるのか?(Will Digital Intelligence Replace Biological Intelligence?)」と題する講演を行いました。ほぼ同じ内容の講演を、2024年2月Oxford大学でも行っていますが、質疑を含め、トロント大講演の方が情報量が多いと思います。
 この講演は、日本の多くの若者、大学生に知ってもらいたいと思い、ここで紹介する次第です。なお、ご存知の方も多いと思いますが、Google ChromeApple Safariブラウザへの機能拡張に、”YouTube Summary with ChatGPT & Claude” があり、例えば、上記講演も、英文トランスクリプトを生成し、その要約や翻訳を生成AIに行わせることができます。
 Hinton博士は、LLM(大規模言語モデル)を実現した深層学習モデルの言語処理(語概念と統辞(文法)の修得)は、ヒトの脳と同じ仕組みであり、語と文を理解していると考えられると述べ、デジタル知性はすでに生物的知性(我々人類)を乗り越えつつあると議論しています。小職は、理論的には、認知人類学を研究者としての基点としており、認知科学、認知意味論、コンピュータサイエンス分野の発展に関心をもってきた立場から、Hinton博士の見解に同意する面が多くあります。
 デジタル知性は、いまだ、言語、画像、動作など、領域が限られています(但し、それぞれの領域で、すでにヒトを越える能力を身につけている)が、これらの領域を横断して(マルチモーダルな)経験、学習ができるようになれば、ヒトをはるかに凌駕する超知性(super intelligence)へと進化し、ヒトを相手に顔色を伺いながら、会話を展開し、ヒトを説得することなどいともたやすいでしょう。
 Hinton博士は、こうした未来像はSFではもはやなく、一つの脅威となるシナリオは、独裁者がデジタル知性を支配の道具とすることであり、さらに、「自己保存(self-preservation)」の意識を超知性が持つことで、超知性同士の競争が起きるシナリオへの懸念を表明しています。ただ、大きな課題の一つは、消費電力の問題で、ヒトは、これだけ優れたコンピューティング能力を持ちながら、その消費電力はわずかですが、現状のLLMは膨大な電力が必要です。小職が別途調べると、ヒトは、20ワット程度、1日500ワット時(Wh)(=0.5kWh(キロワット時))に対して、ChatGPT3.5は、1日あたり50万kWhと、ヒトの100万倍以上に達します(さらに、学習トレーニングには10GWh(ギガワット時)(=1000万kWh)かかったといいます)。ただ、1日に処理するプロンプトは2億以上ということで、ヒトが100万人がかりで回答すると考えると同じ程度かもしれません。
 Hinton博士の講演を見ると、LLMが、私たちヒトの認知の仕組みを理解する上で、重要な役割を果たすとともに、デジタル知性を生み出し、ヒトにとって、パンドラの箱を開けることにつながる可能性も空想の世界ではないと改めて感じます。文系の学生さんたちにとっては、やや難しい面もありますが、アクセスして、理解を試みてもらえればと強く思います。例え、理解が不十分に終わったとしても、そこで議論されている、多様な論点の手がかりが、これから、10年、20年後に生きてくる可能性があるのです。
 最後まで、目を通してくださり、ありがとうございました。